外国でのお酒の失敗は母国のそれよりもかなりリスクが高いです。
外国ではほとんどお酒を飲まなくなるのですが、長年の旅の間に多少のお酒の失敗は経験してきました。今回はその時の話をつらつらとご紹介しようと思います。
異国の地で浴びるほどお酒を飲むのも良いですが、リスクを見越して危機管理と自己管理を徹底してから存分に失敗しましょう。「こんなふうになったら嫌だなあ」と反面教師にしてもらえればと思います。
バンコクで気づいたらカオサン通りに這いつくばっていた話
タイのバンコクにはバックパッカーの三大聖地と言われるストリート、カオサン通りという場所があります。
そこは平日休日関係なしに、夜になるとパーティピーポーたちで埋め尽くされるのです。飲み屋とクラブがひしめき合っている通りで、道端にはパーティピーポー以外にも屋台やバケツに入ったビールの売り子やお土産屋で埋め尽くされます。
特にそんな気でなくても、なんとなく雰囲気に流されてワイワイしたくなってしまう魔力がそこにはあるのです。
その日も、僕は何となしに暇だったから夜のカオサンをブラブラしていたのですが、ふとクラブに行ってみようという気になったのです。1人だったのですが、爆音の中ではしゃぐ人たちを冷やかして帰ろうと思ったのです。クラブに入ると案の定爆音の中で人種入り混じって踊り狂う人達と次々とお酒を飲み干す人々で溢れかえっていました。
僕もとりあえず一杯飲むかとカウンターに向かうと、ウルグアイ人の男性に声をかけられました。爆音の中で互いに何を言っているのかはほとんどわかりませんでしたが、おごってくれるというのでざっくりと自己紹介をして少し話しました。何を言っているのかよくわからなかったのですが、とりあえず奢られるがままにお酒を煽っているといつの間にかガッツリできあがってしまっていたのです。
記憶が断片的でなんとも言えないのですが、連絡先を交換したことと、トイレの個室に連れ込まれそうになったことだけはなんとなく覚えていました。
気付いたらカオサン通りに這いつくばって寝ており、時刻は既にお昼近くなっていました。ラインを確認すると、「君をレディボーイと勘違いしていたよ。ところで今日は何をしているんだい?」と失礼極まりない連絡が届いておりそっとブロック削除しました。
ホンデでソジュを浴びるほど飲んで飛行機逃した話
ホンデは韓国のソウル、若者が集まる渋谷のような街です。
日本に戻るタイミングで韓国にいる友達に会ってから帰国しようと目論んでいた僕は3日間滞在することにしました。
旅やワーホリ、留学を経て何人か韓国に友達がいたので3日間では正直少し物足りなかったのですが、そう思った時には航空券を買ってしまっていました。その3日間は韓国の美食を目一杯楽しみ、あまり得意ではなかったですがソジュ(韓国の焼酎)も飲みました。このソジュは基本的にロックで飲むのですが、みんなショットのようにガンガン一気するのです。僕はお酒が強くないのですが、ここはレペゼン日本として付き合ってガバガバ飲んでいました。
最終日はビールがチェイサーくらいの勢いでみんなはお酒を飲み干します。次の日のお昼にはフライトなので、僕はかなりセーブしていました。ノリが悪いだのジャパニーズはそんなもんかと煽られても決して潰れるまで飲むことはなく、ほとんどしらふでベッドに潜りこむことに成功しました。
それにも関わらず起きたら12時を回っていたのです!
セーブしてしらふで帰ったというのに、ただただ目覚ましをかけ忘れるという凡ミスで僕はフライトを逃したのでした。
結局僕はその後、開き直って2週間くらい韓国を満喫して帰国しました。
デュッセルドルフのピッチャービールで地獄を見た話
ドイツのデュッセルドルフで旅友達と待ち合わせした時のことです。
久しぶりの再会なのでウキウキしていると、現地の友達も連れてきて良いかと連絡が来ました。彼は現地の学生だったので、いつも遊んでいる学校友達を紹介したいと言うのです。
2つ返事でOKした僕の誤算は、彼が5、6人の友達を連れてきたことでした。後から来たり減ったりで最終的にトータル10人くらいになりました。
しっぽり飲むモードからワイワイ飲むモードに気持ちを切り替え、2軒目くらいまではそれなりに楽しくやっていました。
全体的に、みんなめちゃくちゃ飲めるのです。普通の水でも飲めないような量のビールを気持ち良いほどぐびくびといきます。
しかもジョッキならまだしもピッチャーでしこたま飲むのです。日本の若者もピッチャーでお酒を頼んだりしますが、1人で一杯飲み干すことはほとんどないと思います。
僕と友達以外みんなピッチャーを片手に持っているのは笑けました。僕らの持つジョッキも決して小さくはないのですが、もはやお子様扱いです。
3軒目は世界のビールが飲めるというお店で、日本のアサヒビールをみんなは頼んでいました。僕はペースを抑えようとチェイサーを舐めていたのですが、「Asahi is crying」みたいなことを言われて煽られ続けたので、ついに僕もピッチャーで頼んでやったのです。
もう既に限界が近かったのですが、半分くらいまでは飲んだ記憶があります。どうやって家路についたのかも覚えていませんが、起きたら知らない天井でした。そこは病院ではなく友達の家だったのですが、そこで僕は人生最大の二日酔いに苦しんだのです。
気持ちは悪いし頭は割れるような痛みで地獄を見ました。二日酔い自体は何度か経験がありましたが、今までの二日酔いを全て合わせても足りないくらいに地獄でした。
最後に
旅に関する失敗談として、安宿ワーストランキングの記事も書いているので↓↓をどうぞ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。