シンガポールはシーシャ(水タバコ)が2016年に禁止されました。
チューインガムすらも禁止されている国なので、シーシャが合法であり続けるのは無理のある環境でした。僕はシンガポールでシーシャを吸ったことはないのですが、美味しいという評判だったので残念で仕方ありません。
そんな中でもまだ違法のシーシャ屋さんがあるという噂を耳したこともありましたが、コソコソ吸って楽しい物でもないのでシンガポールはサクッと観光して終わりという旅程を立てていました。
次の日にはフライトだった僕は1日で観光を済ませねばと、珍しくストイックに街を歩き周りました。ご飯を食べ歩いたりショッピングモールをぶらついたりして、まだ明るい内でしたが心身ともにお腹いっぱいになったので宿に戻りました。共有スペース(みんなのリビング的な存在)で動画を見たり漫画を読んだりしてだらだらしていると、暇そうにしていたスタッフに声をかけられました。
旅先ではお決まりの、「どこから来たんだ〜、何人なんだ〜、職業は何をしているだ〜、これからどこに行くんだ〜」みたいな雑談をしていました。
流れで僕がシーシャが大好きなんだという話に発展していったわけです。
「ちょっと前まではシンガポールでもシーシャが吸えたんだろー?惜しいなあ」
なんてことを言うと、「まだお店はあるよ。良かったら案内してやるよ」と言ってくるではありませんか。
マジか! と是非にも案内してもらおうかと思ったのですが、「違法」という文字が頭をよぎりました。人様の国で禁止されていることを嬉々としてやるというのは、なんともよろしくないと思い直し(母国でもな!)、結局断りました。
しかし、スタッフの彼は僕がシーシャ屋で働いていたということを知ると、是非にも吸ってもらいたいとしつこいくらいに申し出てくるのです。
彼があまりにも勧めてくるので、天邪鬼の僕は益々行きたくなくなってきました。イヤイヤを続けていたのですが、今から知り合いを呼ぶからと彼は電話をかけ始めたのです。
正直なところ、僕はもうその日は宿でまったりゆったりしたいという気持ちが強くなり、一歩も動きたくなかったのですが、タクシーを呼んだからとか言ってきます。
しかも、自分は宿から離れられないから呼んだ奴と一緒に楽しんでくれと言うのです。友達とならまだしも、なんで今から知らん奴と一緒にシーシャをしばかないといけないんだと思いましたが、車代はいいからと言うので結局タクシーに乗り込みました。
にこやかに帰ってきたら感想を教えてくれよと言って見送る彼は、満面の笑みでした。まあそこまでして吸ってもらいたいなら吸ってやろうじゃないかと思い、気を取り直してシーシャ屋を案内してくれるという青年と握手したのでした。
しかし、その青年に僕は不信感を募らせていくのでした。
その青年は爽やかなイケメンだったのですが、タクシーの車内でお金の話しかしてこないのです。日本で働いたらどのくらい儲かるのか、お前はどれくらい貯金があるのか、カードは持っているのか、いくら持ってきているのか、正直めちゃくちゃ胡散臭いのです。
僕はこの小僧と一緒に小一時間シーシャを吸ったら、どんなに美味しいシーシャでも楽しめないと思い始めました。銀座で上司と食べる寿司よりも、友達と行くマクドナルドです。
僕の態度が段々と横柄になっていくのを彼も感じ始め、次第に車内は静かになっていきました。
2人が完璧に無言になったタイミングでちょうど車は止まりました。住宅街のような場所で、辺りにはお店らしいお店はほとんどありませんでした。
なんだかなあと思ってタクシーを降りると、金を払えと言われます。なんだコノヤロウと思いながらタクシー代を支払い、僕はおもっきし不機嫌でした。
お店の様子を見て、もししょうもないところだったら帰ろうと心の中で決意しました。
彼について行くと、そこはふつーのマンションです。先に確認しておこうと思い、シーシャはいくらなんだと尋ねました。彼は店に行けば分かるから、とにかくついて来いと言って歩き出します。
仕方ないのでついて行くと、彼はスタスタとマンショの中へと入って行きます。
裏路地なんかでひっそりとやっているバーを想像していたのですが、かなり予想外の展開です。もしかしたら部屋に閉じ込められてボコボコにされるんじゃなかろうかという不安がよぎりました。
まあもしもボコボコにされても身包みさえ置いておけば死にはしないだろうし、話のネタになるかとついて行きました。こんなこともあろうかと、盗られて致命的になるものは宿に置いて来たので安心です。旅先で知らない人について行くときには最小限の貴重品だけ持って行くのは旅ハックです。
そこそこ良さ気なマンションで、エレベーターに入るとどんなシーシャが吸えるのか段々と楽しみにもなってきました。
「先に言っておくけど、俺は君のシーシャは奢らないからね。タクシーだってタダって言うから来たのに」
と釘を刺すと、彼は意味深に眉を動かしました。なんじゃその顔はとイラっとしましたが、最悪店員と話せればこの小僧は無視しようと決めました。なんだか見れば見るほど小憎たらしくなってきます。
エレベーターを降りると彼はマンションの一室に入り、扉を押さえながら言いました。
「Welcome to my room」
そこは普通の部屋でした。いや、普通の部屋というのはお店ではないという意味で、厳密には普通の部屋ではありません。形容詞をつけるなら”汚い”部屋でした。
つまり、この”店”の店員は彼で、ここは彼の自宅ということなのです。試しに、それでシーシャはいくらなんだよと尋ねると、チャージも併せて65シンガポールドル(5000円くらい)だと言います。
不快極まりないのでそのまま踵を返してエレベーターに戻りました。チラッと彼を見ると肩をすくめてまた意味深に眉を動かしています。なんだコイツは。
とにかくマンションを出たのですが、辺りはすでに真っ暗でタクシーも走っていません。途方に暮れて歩き回っていましたが、なんとか大きめの通り出ることできてタクシーを拾えました。
宿に戻ったらあの青年を紹介してきたスタッフに文句を言ってやろうと思っていましたが、何故か受付は無人でした。ムキになって相手にしても疲れるだけだと判断し、自分のベッドに戻って布団を被ったのでした。
最後に
僕はそんなことがあったせいか、あまりシンガポールが気に入りませんでした。
シーシャが合法の時代に試してみたかったなあと悔やまれますが、郷に入っては郷に従えです。わざわざ禁止されている国で楽しむようなものではないですし、幸いにも母国日本では合法です。
最後まで読んで頂きありがとうございました!